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梅干し
梅干し
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今年も梅を漬けました。
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いつ漬けたか思い出せませんが、6月末だったと思います。
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今年の夏は暑かったですが、全くカビなんかはえてません。

結構カビで失敗する人が多いんですよね。
うち、日中閉めっぱなしなんで結構暑いと思うんですが、カビがはえたことはありません。
逆にどうやったらカビがはえるのか教えてほしいぐらいです。

9月6日に干しました。
天気予報でしばらく雨マークがなかったから。
すると夜中、雨が降りました。
気付いたときにはかなりの雨。夜中に雨にぬれてまで梅をとりこむ気はないし、そもそも手遅れ。
いっときザーッと降って、やみました。次の日も晴れではないが、くもっていたのでそのまま出しっぱなし。
その後雲行きがあやしかったので、2、3日ほど部屋にとりこみまして、9月14日に完成!?
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こんな感じに仕上がりました。

その後、昨年の梅干しが土用干しが足りずに、梅酢がかなり出てきていたので干しなおしました。
今日夕方から雨が降っています。

週間天気予報、全くあたりません。

責任者出てこ~い!!

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by von-braun | 2010-09-15 23:21 | 日常
和歌山城
8/29
和歌山城
【史跡】
和歌山城は、いうまでもなく徳川御三家の一紀州徳川家の居城。
和歌山市の中心部に位置する標高48.9mの虎伏山に建造され、北部を流れる紀の川を天然の堀とする。本丸の北側に二の丸が配され、その外に大きく三の丸が配された、梯郭式平山城。
1871(明治4)年に廃城となり、多くの建造物が解体もしくは移築された。
1931(昭和6)年に国の史跡に指定され、1935(昭和10)年には、天守など11棟が国宝保存法に基づく国宝に指定された。しかし、1945(昭和20)年、7月9日のアメリカ軍による大規模な戦略爆撃(和歌山大空襲)により天守などの指定建造物11棟すべてを焼失。
二の丸御殿は、1885(明治18)年に大坂城へ移築され、1931(昭和6)年より大阪市迎賓館(紀州御殿)として使用され、戦後米軍施設として使用されていたが、1947(昭和22)年、失火により焼失しました。
ろくなもんじゃないなアメリカ軍は!?
せっかく戦火を免れたものを失火で焼失さすとは。

1957(昭和32)年、岡口門とそれに続く土塀が国の重要文化財に指定された。翌1958(昭和33)年に天守群が鉄筋コンクリートにより再建された。現在城跡として残っているのは最盛期の1/4ほど。
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ここも工事中。最近工事中のところが多いですよね。
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天守閣から岡口門
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紀ノ川河口方面
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東掘と土塀【重用文化財 (附土塀)】
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岡口門【重用文化財】
岡口門
かつては向かって右に御蔵、左に二重櫓があったが、今は櫓が失われているので渡櫓(楼門)の左右が切妻を呈している。
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和歌山城は元和五年德川頼宣が入国して、大いにその規模を整え、名城と呼ばれていた。 天守の他多くの重要文化財建造物を今次戦災で焼失したが、この岡口門はわずかに難をまぬがれて残存した。 この位置は旧大手にあたり、門は元和年間の建立と思われる。 
櫓門の形式でこの構造手法にも特徴があり、和歌山城の貴重な遺構である。
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天守閣

全国どこでもそうですが、城ブームなんですかねえ?
和歌山城もかつての姿を取り戻し、次代に遺していこうとしています。

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by von-braun | 2010-09-14 21:48 | 和歌山
水上 変形菌2
8/24
再度水上へ
今度は虎ヶ峰を越えていく。
田辺からだと中辺路まわるより、はるかに速い。車も少ないしね。
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虎ガ峰から
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さっそく、変形菌を見つけたが。
ムラサキホコリの仲間。
でも、密生してないんですよね。
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朝早かったので変形体から子実体にかわるところでした。
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同日 成熟したところ。
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カワラタケ
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変形体が。。。。
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持って帰りましたが、成長しませんでした。

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by von-braun | 2010-09-14 20:27 | 和歌山
稲荷神社
8/20
田辺市稲成町の稲荷神社
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エリマキツチグリ
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ムラサキホコリ
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種名は不明
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キケホコリ
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エリマキツチグリとケブクロツチガキ

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by von-braun | 2010-09-14 17:50 | 和歌山
安川・黒木谷
8/7
黒木谷に再々チャレンジ。

全く入口が分からなかったのですが、3度目のチャレンジです。
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法師山入口からさらに山奥に進みます。すると左側にこの砂防ダムが見えてきます。
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そこを少し進むと少し開けたところがあります。
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進んできた道。
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見えてきました。黒木谷の入口です。
道は荒れ放題です。
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さっそく登れません。向かって右側の山を巻きます。
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しばらくはこんな感じです。
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左側にチョロチョロと水が流れる滝がありました。
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この滝を右側から巻いていましたが、前日の雨でつるつるすべったため引き返しました。テニスシューズじゃむりか!?
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ツノホコリの仲間
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ミヤマベニイグチ
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ツノホコリ
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こちらの変形隊も成長せず。
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8/20時点でこんな感じです。
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by von-braun | 2010-09-14 17:39 | 和歌山
動鳴気・稲成 変形菌
8/3
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ススホコリ
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仕事が終わってから行きましたが、変形菌が見つかりました。

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by von-braun | 2010-09-14 17:09 | 和歌山
水上 変形菌
8/2
田辺市中辺路町水上
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水上の山林
今日はどんな変形菌に出会えるのか?
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タマツノホコリ
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シロウツボホコリ
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シロウツボホコリ
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カビにおかされたシロウツボホコリ
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エダナシツノホコリ
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ツヤエリホコリ
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ツノホコリ
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ツノホコリ
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ツノホコリ
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キウツボホコリ
同行した息子が見つけました。
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変形体か?
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8/20 どうも完全に成長しなかったらしく、何かわかりません。

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by von-braun | 2010-09-14 11:41 | 和歌山
変形菌
7/20
天神崎
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スミスムラサキホコリ
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サラノセムラサキホコリ
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オオムラサキホコリ
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タマモチモジホコリ
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アオモジホコリ

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by von-braun | 2010-09-14 11:07 | 和歌山
龍神山
7/18
龍神山
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ツノホコリ
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ケブクロツチガキ

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by von-braun | 2010-09-14 10:44 | 和歌山
世界遺産 日光の社寺 その壱
世界遺産日光の社寺

世界遺産日光の社寺とは、日光山内にある二荒山神社、東照宮、輪王寺の103棟(国宝9棟、重要文化財94棟)の建造物(記念工作物)と、これらの建造物群を取り巻く史跡(遺跡:文化的景観)のこと。

史跡:日光山内
 1998年(平成10年)5月14日、世界遺産登録推薦にさきがけて国の史跡に指定された。指定名は「日光山内」、管理団体は日光市。従来、建造物については国宝や重要文化財に指定され、保護が図られている山内地区であったが、面的な保護策は講じられていなかった。そこで、文化庁、栃木県教育委員会、専門家、学識経験者が協議し、二社一寺をはじめとする土地所有者、土地占有者ならびに関係者等の協力を得て日光山内50.8ヘクタールが文化財保護法にもとづく史跡指定を受けた。




東京泊で日光に向かいました。
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東京スカイツリー
雲が低いので、上の方が見えへんなあ~なんていってたら、ちょうど雲との境までしか伸びてなかったよう。
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神橋
【二荒山神社 重用文化財】
神橋は、既に室町時代にはその存在が確認できる。現在の橋形は、寛永13年(1636年)のもので、左右の川岸に沿って石の橋脚が立てられ、朱漆塗りである。その後、修理、架け替えが行われてきた。明治35年(1902年)に洪水で流失し、明治37年(1904年)に本来の形式に忠実に再建された。
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別宮本宮神社への道
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本宮神社鳥居【二荒山神社 重用文化財】
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拝殿【二荒山神社 重用文化財】
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唐門、透塀、本殿【二荒山神社 重用文化財】
本殿には、味耜高彦根命(あじすきたかひこねのみこと)が祀られている。
下野国の僧、勝道上人(735年 - 817年)が北部山岳地に修行場を求め、大谷川北岸に766年に現在の四本龍寺の前身の紫雲立寺を建て、それに続いて神護景雲元年(767年)、二荒山(男体山)の神を祭る祠を建てたのが二荒山神社の始まりと伝える。この祠とは現在の別宮となっている、この本宮神社である。登頂を志して多くの失敗を重ねたあと、782年には二荒山の到頂に成功し、そこに奥宮を建て、二荒修験の基礎を築いた。その後、神仏習合の霊場として栄えることとなった。社伝などでは勝道が開祖と説明されるが、実際には太郎山神社周辺で古代の祭祀の痕跡をしめす遺跡が見つかっており、相当古くから聖地として信仰の対象になってきたことが分かる。しかし、なぜ祭神が出雲神である一方、下野国の開祖で下毛野氏の祖とされる豊城入彦命でないのか、不自然だとする見解がある。出雲神は尾張国や三河国の民が祭る神であり、徳川家康の威光をもって出雲神を祭神としたということであれば明快であるが、なぜ、下毛野氏の氏寺の修行僧であった開祖・勝道が下毛野氏ゆかりの神々を祀らなかったかについては謎とされる。
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紫雲石
勝道が、ある日礼拝をささげた折、この石のあたりから紫の雲が立ち上り、男体山(新宮権現=大己貴命=千手観音)の方へたなびくのを見たということから、紫雲石と呼ばれる。そしてこの地に、千手観音を安置する「紫雲立寺」を建てた。後に「四本龍寺」と改めたられた。
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観音堂【輪王寺 重用文化財】
観世音菩薩を安置する堂宇
四本龍寺の旧地にある。
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三重塔【輪王寺 重用文化財】
三重塔は、四本竜寺の創建の地に、貞享2年(1685年)に再建されたもので、初重から二重、三重に至る逓減が良く、安定感のある塔であり、江戸時代中期の形式を良く現している。
四本龍寺の旧地にある。
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本宮神社 本殿から拝殿
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御旅所神饌所と渡廊【東照宮 重用文化財】
渡御祭の神饌を調理する建物
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御旅所拝殿と本殿【東照宮 重用文化財】
御旅所本殿は、元和6年(1620年)に、その存在が確認できるが、その後、貞享元年(1684年)に焼失し、貞享2年(1685)に再建されたものである。この建物は、渡御祭の際に神輿が渡御する建物である。渡御祭は、百者揃千人行列とも呼ばれ、徳川家康の日光遷座の様子を今日に伝える祭礼である。
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輪王寺本堂【輪王寺 重用文化財】
本堂(三仏堂)は、嘉祥元年(848年)に創建されたと伝えられるが、現在の本堂は、正保4年(1647年)に造営され、明治4年(187年1)の神仏分離令の実施に伴い、明治12年(1879年)に現位置に移転されたものである。造営以後の長い年月により、形式の一部に変更が見られたが、近年、調査によって得られた資料に基づき、屋根を除き造営当初の形式に復旧され、江戸時代前期の形式をよく現している。
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護法天堂【輪王寺 重用文化財】
毘沙門、弁財天、大黒天を祀る堂宇
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相輪塔【輪王寺 重用文化財】
教典を納めた銅製の塔
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石鳥居【東照宮 重用文化財】
石鳥居は、元和4年(1618年)に造営されたもので、後世の形式変更はない。高さ9.2メートル、幅13.2メートルで、15個の石材で造られている。石鳥居においても、重量配分を考慮し、柱を2本継ぎとするとともに、笠木と島木の中を空洞とするなど、地震対策が施されている。
1618年黒田長政(秀吉の軍師として仕えた黒田孝高(官兵衛、如水)の長男)が奉納した。
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五重塔【東照宮 重用文化財】
五重塔は、慶安3年(1650年)に造営されたが、文化12年(1815年)に焼失し、文政元年(1818年)に再建されたものである。この塔は、心柱を第四層目から吊り下げ、その下部は礎石上にのらず約10cm程遊離させ、塔の重心を常に中心から外れないようにする力学的な構造が採用されるなど、風害や地震の対策が施されている。大日如来像を安置する。
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表門【東照宮 重用文化財】
東照宮入り口の門、第一の門
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簓子塀【東照宮 重用文化財】
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下神庫【東照宮 重用文化財】

上・中・下神庫は渡御祭(百物揃千人武者行列)の装束等を納める校倉造風の倉庫
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西浄【東照宮 重用文化財】
右から下神庫、西浄、中神庫
西浄とはトイレのこと
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中神庫【東照宮 重用文化財】
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上神庫【東照宮 重用文化財】
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上神庫【東照宮 重用文化財】
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神厩と内番所【東照宮 重用文化財】
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神厩
神馬を入れる厩舎
神厩は、寛永13年(1636年)に造営されたもので、間仕切り、欄間の変更があったが、他には全く後世の形式変更はない。神厩は、東照宮建築のなかで唯一の素木づくりで、当時の武家の殿舎に用いられた書院造の馬屋の形式にのっとっている。現存する大型の神厩建築の唯一の遺構となっている。
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三猿
「見ざる、聞かざる、言わざる」の三猿は神厩に彫られている。
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陽明門【東照宮 重用文化財】
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水屋【東照宮 重用文化財】

水屋は、寛永13年(1636年)に造営されたもので、江戸時代中期頃に、構造材の一部に変更があったが、他には全く後世の形式変更はない。柱に石材を使用するとともに、水盤の水を滝尾神社付近から水道管を付設し、逆サイフォン方式で引くなど、当時の新しい建築技術が取り入れられている。なお、現在は、鉄管利用の上水道に改められている。
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経堂【東照宮 重用文化財】
一切経を納める建物
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燈台穂屋(回転燈籠)と鼓楼【東照宮 重用文化財】
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鼓楼
太鼓を納めるための建物
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陽明門【東照宮 国宝】
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渡廊【東照宮 重用文化財】
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陽明門
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日光で最も有名な建築である陽明門は、寛永13年(1636年)に造営されたもので、屋根の葺き替え、塗装の塗替があったが、彫刻や主要化粧部材は創建のままである。東照宮建築群の中でも最も彫刻などの建築装飾に優れた建物である。彫刻においては、建築構造部材であるべきものの一部を彫刻化したり、構造部材の表面に大規模な彫刻を取り付けたり、羽目板の表面に多数の彫刻を取り付けたりしている。また、漆塗、彩色、飾金具による建築装飾技法が、その表現の特性、耐久性に応じて使い分けられている。
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神輿舎【東照宮 重用文化財】
神輿を納めるための建物
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正面唐門【東照宮 国宝】
正面及び背面唐門は、寛永13年(1636年)に造営されたもので、屋根の葺き替えがあったが、他には全く後世の形式変更はない。正面唐門は、屋根の四方の軒を唐破風形とし、地紋彫、象嵌や屋根の銅製彫刻など、構造、技巧に優れた技術が見られる。
背面の唐門は写真撮れてません。
東西の透門も工事中で写真撮れてません。
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神楽殿と渡廊、東回廊
神楽殿【東照宮 重用文化財】
渡廊【東照宮 重用文化財】
東回廊【東照宮 国宝】
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陽明門の右側が西回廊、左側が渡廊
東西廻廊【国宝】は、寛永13年(1636年)に造営されたもので、正保4年(1647年)に、地震の被害により、廻廊の北側部分が取り除かれたが、他には全く後世の形式変更はない。陽明門の左右二間ずつの袖塀から東西に延び、本殿などを南、東、西側から囲み、その延長は220メートルである。南側は、計25枚の大彫刻で飾られ、内側は円柱を建てた吹き抜けとなっている。
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坂下門【東照宮 重用文化財】
坂下門の眠り猫
坂下門は、奥社への入口の門として、寛永13年(1636年)に造営されたもので、屋根の葺き替え、塗装及び飾金具の変更があったが、他には全く後世の形式変更はない。飾金具に七宝焼を用いるなど、優れた技巧が見られる。
坂下門からは別料金。
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奥社石柵【東照宮 重用文化財】
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奥社銅神庫【東照宮 重用文化財】
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奥社拝殿【東照宮 重用文化財】
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奥社唐門と石玉垣【東照宮 重用文化財】
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奥社宝塔【東照宮 重用文化財】
奥社宝塔は、元和8年(1622年)に木造で創建されたが、寛永18年(1641年)に石造に改められ、さらに地震により倒壊した後、天和3年(1683年)に現在の鋳銅製に改められたものである。この塔の下に徳川家康の遺骸が葬られているため、雨水の流入を防ぐために石敷に勾配を付し、さらに宝塔の基壇石、周囲の石棚の継手には鉄の太柄や楔を入れて、鉛を鋳込んで密着させるなど、当時の最高の技術によって造営されている。
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奥社拝殿【東照宮 重用文化財】
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奥社鳥居【東照宮 重用文化財】
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拝殿【東照宮 国宝】
本殿・石の間及び拝殿は、寛永13年(1636年)に造営されたもので、承応3年(1654年)に屋根の葺き替え、元禄3年(1690年)に本殿亀腹石の変更があったが、他には全く後世の形式変更はない。東照宮本殿・石の間及び拝殿は、本殿に拝殿を石の間で連結した工字形の神社建築様式「権現造」の完成形で、その後の霊廟建築や神社建築の規範となった。また、これらは、当時の第級の技術者により造営され、当初から、彫刻、漆塗、彩色、飾金具などの建築装飾に優れた技法が用いられた。
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坂下門【東照宮 重用文化財】
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上社務所【東照宮 重用文化財】
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鐘楼【東照宮 重用文化財】
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本地堂【東照宮 重用文化財】
薬師如来を祀る建物
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燈台穂屋(釣燈籠)【東照宮 重用文化財】
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燈台穂屋(回転燈籠)【東照宮 重用文化財】
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鐘舎、燈台(蓮燈籠)と鐘楼【東照宮 重用文化財】
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鳥居【東照宮 重用文化財】
ボケててすみません。
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鳥居【二荒山神社 重用文化財】
参道に建つ銅製の鳥居
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二荒山神社
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拝殿【二荒山神社 重用文化財】
拝殿は、元和5年(1619年)に造営されたもので、正保2年(1645年)に本殿の移転に伴い再建された。その後、屋根の葺き替えがあったが、他には全く後世の形式変更はない。本殿とは違って、彩色文様も彫刻もなく、単純ではあるが、創建当時の建築様式を現している。
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末社日枝神社本殿【二荒山神社 重用文化財】
大山昨命を祀る神殿
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神輿舎【二荒山神社 重用文化財】
神輿舎は、当初は、元和3年(1617年)に東照宮の仮殿拝殿として造営されたもので、寛永15年(1638年)と寛永18年(1641年)に移転した。素木造の正面3問・側面2間の小建築であるが、元和創建当時の東照宮建築を唯一残すものである。
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大国殿【二荒山神社 重用文化財】
大国主命を祀る神殿
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末社朋友神社本殿【二荒山神社 重用文化財】
少彦名命を祀る神殿
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銅燈籠【二荒山神社 重用文化財】
この
化燈籠は、銅燈籠(唐銅燈籠)の俗称。
夜になってからこの灯籠に火を入れると、すぐに燃料の油が尽きて火が消えてしまい、何度やっても同じ結果だった。また燈籠を灯すと、周りのものが2重に見えたり、燈籠そのものが様々な姿に変化したともいわれる。警固の武士たちはこれを怪しみ、毎晩のように刀で斬りつけた末、灯籠は通常通り機能するようになったという。このために現在でも、この燈籠の受け皿には無数の刀傷が残されている。

この銅燈籠、wikipediaでは中宮祠(中禅寺湖畔)の附指定となっているのだが。。。。

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本殿【二荒山神社 重用文化財】
本殿は、元和5年(1619年)に造営されたもので、正保2年(1645年)の諸社堂造営に伴いわずかに移転し、また、屋根の葺き替え、塗装の塗替、飾金具の変更があったが、軸部、戸口、建具等には全く後世の形式変更はない。各部分の華やかで複雑な彩色、塗装、彫刻などの装飾は元和創建当時の建築様式を現している。
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本殿
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仁王門と左右袖塀【輪王寺 重用文化財】
大猷院霊廟の入り口の門、第一の門
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宝庫【輪王寺 重用文化財】
校倉造の倉庫
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水屋【輪王寺 重用文化財】
水盤を覆う石製柱の建物
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二天門【輪王寺 重用文化財】
大猷院霊廟の第二の門
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鐘楼と夜叉門、廻廊【輪王寺 重用文化財】
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鼓楼【輪王寺 重用文化財】
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夜叉門【輪王寺 重用文化財】
大猷院霊廟夜叉門は、八御門で、屋根の前後の軒を唐破風形とし、彫刻を牡丹で統一し、柱に胡麻殻の面をとるなど、構造、意匠、技巧に優れた技術が見られる。なお、正面左右の間に赤と青、背面には白と群青色に彩色された夜叉像を安置している。
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唐門【輪王寺 重用文化財】
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夜叉門と廻廊【輪王寺 重用文化財】
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唐門と瑞垣【輪王寺 重用文化財】
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瑞垣【輪王寺 重用文化財】
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唐門【輪王寺 重用文化財】
大猷院霊廟唐門、夜叉門、皇嘉門は、大猷院霊廟の造営に伴い、承応2年(1653年)に造営された門であり、後世における形式変更はない。大猷院霊廟唐門は、向唐門で、屋根の前後の軒を唐破風形とし、細かい地紋彫の彫刻や透彫の飾金具など、構造、意匠、技巧に優れた技術が見られる。
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唐門【輪王寺 重用文化財】
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拝殿【輪王寺 国宝】
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拝殿【輪王寺 国宝】
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相の間【輪王寺 国宝】
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本殿【輪王寺 国宝】
大猷院霊廟本殿・相の間・拝殿は、承応2年(1653年)に造営されたもので、江戸時代の修理において塗装の仕上げに一部変更があったが、他には全く後世の形式変更はない。大猷院霊廟本殿・相の間・拝殿は、東照宮と同様に「権現造」様式であるが、東照宮の石の間に相当する相の間の床が、拝殿と同じ高さとなり、中殿の形式とするとともに、本殿の屋根を二層にするなど形式の相違が見られる。また、これらは、当時の第一級の技術者により造営され、当初から、彫刻、漆塗、彩色、飾金具などの建築装飾に優れた技法が用いられた。
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皇嘉門と左右袖塀【輪王寺 重用文化財】
大猷院霊廟皇嘉門は、奥院への入口に立つ「竜宮造」様式の門で、腰壁を密陀塗という特殊な技法で白色に塗装するなど、構造、意匠、技巧に優れた技術が見られる。

奥院には、
銅包宝蔵
奥院宝塔(銅製)(附 銅製華瓶・燭台・香炉、石玉垣)=家光の墓
奥院鋳抜門(銅製)
奥院拝殿
の4つの重用文化財があるが、入れない。
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掖門【輪王寺 重用文化財】
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夜叉門と左右廻廊【輪王寺 重用文化財】
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夜叉門
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西浄【輪王寺 重用文化財】
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二天門【輪王寺 重用文化財】
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別当所竜光院【輪王寺 重用文化財】
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二天門
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別当所竜光院【輪王寺 重用文化財】
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ギョリンソウ

雨で明るいレンズを持っていかなかったので、少しぶれた画像もあります。そもそも乱視で、裸眼でもぶれて見えるんですけどね。



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by von-braun | 2010-09-13 00:47 | 関東