<   2009年 10月 ( 11 )   > この月の画像一覧
果無山脈
8:30に出発し、龍神経由で安堵山と黒尾山の鞍部へ。9:35到着。
田辺からだと中辺路から行くより、龍神を通るほうがかなり早い。
311号線は交通量が多く、トロい車が多いから。

それはともかく、本日(10/28)は快晴。
いざ、出発!!
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安堵山
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c0119036_22541078.jpgクマザサの道を通る

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10:15 黒尾山到着
黒尾山頂上付近から果無最高峰冷水山
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色鮮やか
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憂き世を忘れます
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遠く大塔山系を望む
c0119036_22545010.jpgこの植物はなんでしょう?

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冷水へ向かう途中から黒尾山
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10:44 冷水山到着
冷水山の頂上は眺めがよい。
すなわち、破壊されています。かなり下の方まで樹が伐採されています。

5分ほど休憩したあと引き返します。なんせ、今日は護摩壇へもいかなアカンから。
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冷水山頂上付近より黒尾山
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もういっかい黒尾山
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c0119036_22565211.jpg果無の縦走路

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c0119036_22572679.jpg黒尾山から冷水山

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黒尾山の山頂は木々が生い茂っているので、視界が悪い。
この写真は、少し脇にそれて手を伸ばして撮っています。
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今日行ったところでは黒尾山近くが一番キレイかも。
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安堵山
11:50車に戻る。


車に乗って少し本宮に向かって進んでみた。
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安堵山と黒尾山
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冷水山

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by von-braun | 2009-10-31 23:31 | 和歌山
会津川
今日は朝から雨でしたが、夕方になり、雲が少しきれました。夕焼けがキレイでした。
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会津川
車の助手席側の窓から撮りました。
水面が滑らかになるように、三脚を使ってスローシャッターにしたかったのですが。。。。。
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車中から
遠くにあるのは山ではなく、雲です。この5分後夕焼けは消えました。

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by von-braun | 2009-10-26 20:41 | 和歌山
秋桜
上富田へコスモスを見に行きました。
最盛期は過ぎてます。9月末に京都大原でも咲いていましたしね。
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コスモス
価格.comのクチコミ情報でEOS7Dの写真は遠近感がないと評してた方がいましたが、桜島を遠景でとっているものを見てそんなことを言ってました。
遠景でしかも桜島だけですよ。
山並みなら遠くの山、近くの山があるので遠近感がでますが、桜島ひとつでどうやって遠近感だすの?

てなわけで、7Dの写真ですが、遠近感ないですか?

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c0119036_19311614.jpgセイタカアワダチソウとハチ


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by von-braun | 2009-10-13 21:44 | 和歌山
EF-S10-22mm F3.5-4.5 USM
EF-S10-22mm F3.5-4.5 USMが朝一到着しました。
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早速7Dに装着
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10mm
先日夕陽がとても赤かったので、今日はどうかなと思い天神崎に行ってきました。
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22mm

広角レンズは、狭い室内や標準レンズでは入りきらない広大な風景、大きな建物などを写したいときに効果を発揮するレンズ。

特徴は遠近感が強調されることです。
カメラに近い物がより大きく、遠い物がより小さく写る傾向があるためで、近い物に近づいて大きく写しこむことにより、さらに遠近感を強調することができます。
もうひとつ、広角レンズの特性として、被写界深度(ピントの合う範囲の奥行き)が深いということがあります。絞りの値を大きく(f16やf22など)に設定すれば、手前から遠くまでピントの合った写真を撮ることができます。
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by von-braun | 2009-10-12 11:55 | 和歌山
EF-S10-22mm F3.5-4.5 USM注文
広角レンズEF-S10-22mm F3.5-4.5 USMを注文しました。
在庫がないので取り寄せ後の発送になります。

いつくるんやろ。

このレンズ、たしか発売日が2004年で結構古い。SIGMAの10-20mm F3.5 EX DC HSMと相当迷ったんですが、SIGMAの方の価格.COMのクチコミ情報があまりにも少なく。。。。。。
結局、今のカメラは純正のレンズだと周辺光量の調整ができるので、CANONのEF-S10-22mm F3.5-4.5 USMにしました。

レンズを購入したので、フルサイズの購入は当分見合わせることに。
5DmarkⅡに魅力を感じないのもありますが、そもそも家のプリンタではA4サイズまでしか印刷できません。A4サイズならフルサイズにこだわる必要はなく、APS-Cで充分。
それに、純正のレンズは高い!
望遠レンズだとかなり高くなります。APS-Cだとフルサイズの1.6倍になるので、200mmのレンズをつけると320mmの望遠になります。

フルサイズで開放F4で500mmが欲しければEF500mm F4 IS USM 定価980,000円ですが、APS-CだとEF300mm F4L IS USM 定価203,000円で300mm×1.6=480mmと、EF500mmとほぼ同等の望遠になります。
まあ、価格差には蛍石レンズ、防塵・防滴機能の有無なんかもありますが。。。。。
つまり、望遠レンズは高いので、フルサイズの1.6倍になるAPS-Cの方が「お徳」ということです。

ちなみに、年末にはEF100mm F2.8Lマクロ IS USMを購入する予定。
購入資金は貯まってますが、発売したてなので、もうちょっと値段さがるかな?と思ってます。
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by von-braun | 2009-10-09 01:23 | カメラ
白浜 円月島
ちょっと前の話になりますが9月24日白浜の円月島に行きました。
彼岸には、円月島の円の部分に夕陽が沈むのです。
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下の雲が気になる。
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ゲッ、やはり。。。。
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案の定雲に隠れた。
この時点でかなりのギャラリーが去ったのですが、まだ下の方が雲が薄い。
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やっぱり出てきました!
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このまま円に入れ!!
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入った入った!
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ええ感じやけど下の方が切れてないか?
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まだ下に雲あったんかい?
結局海には沈まず、雲に隠れちゃいました。

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by von-braun | 2009-10-09 00:18 | 和歌山
ようやく風が強くなってきました。
う~ん。マスコミ騒ぎすぎやな。
そんなに強い台風なのか?
こちらはようやく風が強くなってきたところ。

結構、和歌山台風来ますんで。
子どもの頃は待ち望んでました。学校が休みになるから。

1990年、平成2年なんですが年間4回上陸したんですよ。田辺から白浜にかけて。

19号 9月19日 20時 上陸時の中心気圧945mb
20号 9月30日 9時30分 
21号 10月8日 10時30分
28号 11月30日 14時 中心気圧975mb
※当時はヘクトパスカルではなくミリバール

今のところ945ヘクトパスカルなので平成2年の19号と同じか。
確か実家に帰ってて直撃されたけど、そんなに強い台風やって記憶がない。

別に実家被害受けてないんですよね、そのとき。
ていうか今まで台風で被害を受けたことがない。
台風の目の中に入った経験もあるんですが。。。。。

実家は海の近くで、しかも湾ではないので、台風が来ると家が揺れるんですよね、波で。しかも波音うるさいし。
ここは風だけなので静かなもんや。

いや~結構風が強くなってきました。これ書いてる最中に。
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by von-braun | 2009-10-08 00:28 | 和歌山
弁慶祭
10月4日
3日の雨もウソのように、4日は快晴。
本日は弁慶祭メインの日。今年で23回目という比較的新しい祭りです。
一日中よさこい踊りが市内各所で踊られています。
eos7Dの試写も兼ねて行って参りました。
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3時からは大通りで弁慶ゲタ踊り
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団体名を書いたプラカードを持つのは弁慶が多いので、何人もの弁慶がいます。
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JA紀南のマスコット、うめっぴとみかっぴ
本年6月に着ぐるみが完成したようです。
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紀州弁慶よさこい踊り
大通りパレード
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平成10年から導入
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本場高知のよさこい踊りも戦後、徳島の阿波踊りに対抗するために開催されたので、歴史があるとはいえませんが。
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どちらかといえばサンバのほうがいいかも。。。。。
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夜は第41回 田辺花火大会
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c0119036_0394838.jpg二尺玉と月
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本日は中秋の名月。旧暦の8月15日です。
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フィナーレ
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シャッタースピードを落としました。
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躍動感が出てるかな?
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eos7Dを購入しましたが、システムに重大な欠陥が。。。。。。
パソコンの動きが遅い。。。。。。。。。。

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by von-braun | 2009-10-06 01:12 | 和歌山
日吉神社
大原を12:03に出発 287km
途中昼食をとって13:00日吉大社着。距離はメモり忘れ。

日吉大社(ひよしたいしゃ、かつては「ひえたいしゃ」)は、滋賀県大津市坂本にある神社。俗に山王権現とも呼ばれる。日本全国に約2000社ある日吉・日枝・山王神社の総本宮である。旧社格は官幣大社。中世には二十二社の下八社のひとつとされた。

西本宮と東本宮を中心に、400,000m²の境内を持つ。猿を神の使いとして崇拝することで知られている。
西本宮に大己貴神(大国主神)、東本宮に大山咋神を祀る。

2つの本宮と以下の5つの摂社は日吉七社・山王七社と呼ばれている。

牛尾宮(大山咋神荒魂)大山咋神の荒魂
樹下宮(鴨玉依姫命)
三宮宮(鴨玉依姫命荒魂)鴨玉依姫命の荒魂
宇佐宮(田心姫神)
白山宮(菊理姫命)

牛尾山(八王子山)山頂に磐座があり、これが元々の信仰の地であった。磐座を挟んで2社の奥宮(牛尾神社・三宮神社)があり、現在の東本宮は崇神天皇7年に牛尾神社の里宮として創祀されたものと伝えられている。三宮神社に対する里宮は樹下神社である。

近江京遷都の翌年である天智天皇7年、大津京鎮護のため大神神社の神を勧請した。以降、元々の神である大山咋神よりも大己貴神の方が上位とみなされるようになり、「大宮」と呼ばれた。

平安京遷都により、当社が京の鬼門に当たることから、鬼門除け・災難除けの社として崇敬されるようになった。延喜式神名帳では名神大社に列格し、さらに二十二社の一社ともなった。

最澄が比叡山上に延暦寺を建立し、比叡山の地主神である当社を、天台宗・延暦寺の守護神として崇敬した。中国の天台宗の本山である天台山国清寺で祀られていた山王元弼真君にならって山王権現と呼ばれるようになった。延暦寺では、山王権現に対する信仰と天台宗の教えを結びつけて山王神道を説いた。中世に比叡山の僧兵が強訴のために担ぎ出した神輿は日吉大社のものである。天台宗が全国に広がる過程で、日吉社も全国に勧請・創建された。

元亀2年(1571年)、織田信長の比叡山焼き討ちにより日吉大社も灰燼に帰した。現在見られる建造物は安土桃山時代以降に再建されたものである。信長の死後、豊臣秀吉は当社の復興に尽力した。これは、秀吉の幼名を「日吉丸」といい、あだ名が「猿」であることから、当社を特別な神社と考えたためである。

明治に入ると神仏分離令により、仏教色が廃された。また、本来の形に戻すとして、東本宮と西本宮の祭神を入れ替えて西本宮の大山咋神を主祭神とし、大物主神を祀る東本宮は摂社・大神神社に格下げした。昭和初年に元の形に復した。
c0119036_23354279.jpg日吉大社鳥居

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山王鳥居
日吉三橋の大宮橋を渡り、西本宮へ向かう参道に建てられている木造の鳥居。形は二本の柱が八字形に内側に傾斜した明神鳥居の笠木の上に、山に見立てた合掌形の木を載せたもの。日吉大社が延暦寺の鎮守社であるところから神仏習合の象徴ともいわれ、他に類を見ないものである。現在の鳥居は昭和15年(1904)の建築になるが、細部や比例は江戸時代の伝統を受けついでいる。


●西本宮

西本宮は大宮とも呼ばれ、天智天皇の時代に大和の大己貴神を勧請している。本殿は信長による焼き討ち後、天正14年(1586)に再建された。切妻造の母屋の前面と両側面に庇をめぐらすという全国でも日吉大社にしか見られない特殊な平面構成であるところから、日吉造・聖帝造と呼ばれている。拝殿も本殿と同じく天正14年の再建になり、方三間で四方吹放しとしている。

c0119036_233616.jpg西本宮楼門 【重要文化財】
日吉大社西本宮の入口に、本殿・拝殿と一直線に並んで南を向いて建つ。三つの柱間の中央を戸口とし、一階と二階の間は屋根はなく回縁とする、上下の均整が美しい三間一戸の楼門である。四隅には日吉大社の神の使いである猿の彫刻を配し、前後には彩色をほどこした蟇股がある。本殿と同じく天正14年(1586)の再建になる(『天台座主記』)。

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拝殿から本殿
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西本宮拝殿と西本宮本殿
拝殿は重要文化財、本殿は国宝
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拝殿と楼門c0119036_23362765.jpg本殿横から拝殿、楼門




●宇佐宮(摂社)

西本宮本殿の東に南面して建つ。祭神は田心姫神。本殿は、西本宮・東本宮の本殿と同じく、三間二間の母屋に正面と両側面に庇が付くという日吉造で、柱間装置を除いて東本宮と同じ形式をとる。拝殿は方三間で、四方の柱間は吹放しとしている。ともに慶長3年(1598)の再建になる(『天台座主記』)。

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宇佐宮拝殿【重要文化財】
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宇佐宮本殿【重要文化財】


●白山宮(摂社)

宇佐宮の東に南面して建つ。祭神は菊理姫神で、延暦寺・日吉大社の勢力の伸長にともない北陸白山から勧請されたと考えられている。本殿は三間社流造で床が高く、装飾金具の少ない簡素な造りとなっている。拝殿は方三間で、四方の柱間は吹放しとしている。本殿は慶長3年(1598)(『天台座主記』)、拝殿は慶長6年の再建になる(懸魚六葉墨書)。

c0119036_23365341.jpg白山姫神社拝殿【重要文化財】

c0119036_2337250.jpg拝殿
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拝殿
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摂社白山姫神社本殿【重要文化財】


●日吉山王金銅装神輿 7基【重要文化財】

比叡山の山法師がこの神輿を担いで強訴したことで知られるが、現在の神輿は織田信長の山門焼き討ち後に再造されたものである。 日吉大社の山王祭に渡御した神輿で、一基の重さは1.5トンから2トンといわれる。木製・黒漆塗・方形造(牛尾宮のみ八形造)で、屋根を金銅板で覆い、頂上に宝珠を置く。神輿にかざられた額・懸鏡・華鬘をはじめとする金具類には、制作年代や作者を示す銘がみられ、金工品としてもすぐれた技量を示している。

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三宮
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八王子宮(現牛尾宮)
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樹下宮
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東本宮
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西本宮
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宇佐宮
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白山宮

牛尾宮の案内看板
ゲッ、山上の本殿まで20分前後!?

散々迷いましたが、ここまで来たら行くしかない!!
かなり急な坂道を登り、ようやく見えてきました。


●牛尾宮・三宮(摂社)

日吉大社の信仰の始まりとなった神体山八王子山の頂上付近に、牛尾神社と三宮神社の本殿・拝殿が並んで東面して建つ。向かって右が牛尾神社で祭神は大山咋神荒魂。山上という地形に制約されて、三間社流造の本殿に、懸造の拝殿が本殿正面縁を取り込むようにして建てられている。拝殿は入母屋造の妻面を正面とするが、内側に軒唐破風を付けて入口としている。建築年代は、文禄4年(1595)(『日吉年譜』)となる。三宮の建築年代は、慶長4年(1599)(『天台座主記』)となる。

c0119036_2338189.jpg牛尾神社拝殿【重要文化財】

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牛尾宮・三宮から琵琶湖を望む
この高さまで登ってきました。

c0119036_23391370.jpg牛尾神社拝殿

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牛尾神社拝殿
c0119036_0461026.jpg元々の信仰の地であった牛尾山(八王子山)山頂の磐座

c0119036_23392816.jpg牛尾神社拝殿

c0119036_23393514.jpg牛尾神社拝殿

c0119036_0555925.jpg牛尾神社本殿【重要文化財】

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三宮神社拝殿と本殿【重要文化財】
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三宮神社拝殿
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牛尾神社


●東本宮

西本宮が大和から勧請した大己貴神を祀るのに対し、東本宮は地主神大山咋神を祀り二宮とも呼ばれている。西本宮の東、小比叡と呼ばれる八王子山の麓に鎮座し、本殿は信長による焼き討ち後、文録4年(1595)に再建された。西本宮本殿と同じく日吉造であるが、母屋背後の縁が少し高くなっている点や大棟が母屋中央に位置するなど、西本宮よりも古い形式を示している。拝殿は文禄5年の改造になり(旧天井格縁墨書)、構造は西本宮とほぼ同じである。


●樹下宮(摂社)
東本宮楼門を入ると、左手に本殿、右手に拝殿が東面して建つ。祭神は鴨玉依姫神。一段高い所にある東本宮本殿・拝殿と樹下神社本殿・拝殿を結ぶ線が直交するという、珍しい位置関係にある。本殿は三間社流造で、内陣の床が一段高くなっている。拝殿は柱間が四方とも格子や格子戸になっている。ともに文禄4年(1595)の再建になる(『天台座主記』)。

c0119036_23401836.jpg東本宮楼門【重要文化財】
日吉三橋の一つ、二宮橋を渡った参道の正面、東本宮の入口に南を向いて建つ。西本宮楼門とほぼ同じ構造をとるが、一階部分が高く二階部分が低くなっている。『山王知新記』によると、延暦寺の復興に尽力した観音寺詮舜により、天正年中(1573~92)に再建に着手され、文禄2年(1593)に完成したとする。


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樹下神社本殿【重要文化財】
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東本宮拝殿【重要文化財】
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樹下神社拝殿【重要文化財】
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東本宮本殿【国宝】
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東本宮本殿横から東本宮拝殿、樹下神社本殿、東本宮楼門
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東本宮拝殿と樹下神社本殿


●日吉三橋

日吉大社境内を流れる大宮川に架かる三基の石橋。南から西本宮(大宮)の参道に架かる大宮橋。そのすぐ北に、「走井」という清めの泉か ら名付けられた走井橋。東本宮(二宮)の参道に架かる二宮橋。大宮橋は、川中に十二本の円柱の橋脚を立て、三列の桁石、橋石を渡し、格狭間を彫った高欄がつく。走井橋は最も簡素で、六本の方柱に橋板を架けるというものである。二宮橋は大宮橋とほぼ同じ規模だが、両側は擬宝珠柱としている。天正年間(1573~92)秀吉が寄進したと伝えるが、木橋が現在の石橋に架け替えられたのは、寛文9年(1669)のことである。
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走井橋【重要文化財】
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二宮橋【重要文化財】
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二宮橋
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大宮橋【重要文化財】
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大宮橋
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大宮橋から二宮橋



●東照宮(末社)

日吉大社の社殿群の南、権現川を渡った丘陵部に東面して建つ。元和9年(1623)東照大権現・徳川家康を祭神として勧請され、現在の社殿は寛永11年(1634)に建てられた(『天台座主記』)。本殿と拝殿を石の間(相の間)でつなぐ「工」字形の平面をとる権現造の社殿で、拝殿正面には唐破風・千鳥破風が付き、内部・外部とも総漆塗の極彩色で彩られている。正面入口の唐門と透塀も、社殿とよく調和している。創建時より延暦寺の末寺であったが、明治9年からは日吉大社の末社となり現在に至っている。祭神は日吉大神.徳川家康、豊臣秀吉。

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東照宮鳥居
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東照宮唐門と透塀【重要文化財】
c0119036_23422316.jpg唐門

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土曜日は中も公開してくれる。
中央が徳川家康、右が日吉大神、左が豊臣秀吉。
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拝殿内
c0119036_23424516.jpg拝殿から本殿

c0119036_23425129.jpg拝殿天井

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拝殿
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石の間天井
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本殿、石の間、拝殿【重要文化財】
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拝殿
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唐門から拝殿
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拝殿
c0119036_23434183.jpg拝殿の破風


その跡子どもにせがまれ琵琶湖へ
琵琶湖へ行きたいなら先に言っとけよ!
竿持って来てへんやんけ!!

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大津港
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16:02大津港出発 287km
三井寺もいきたかったんやけど、家族全員の反対を受け。。。。
17:50イオンにモールりんくう泉南到着 408km

c0119036_2344617.jpg武藤静香(俺は知らんけど。。。。)のトークショーが終わってファンサービスをしていました。

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イオンからの夕景
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関空

例のごとく、カプリチョーザで夕食をとり、帰宅。

20:05出発 408km
途中買い物をして
21:52到着 500km

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by von-braun | 2009-10-05 01:47 | 近畿
三千院
寂光院の次は三千院。

三千院のイメージは野原にたたずむお寺というイメージ(飛鳥寺みたいに)だったのですが、山手にありました。
道路標識があまりないので、下において歩くと結構な距離。道は狭いですがかなり近くまで車でいけます。
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コスモスと茅葺屋根の家c0119036_1205733.jpg三千院
梶井三千院門跡とあります。門の跡ではありません。
三千院は天台宗の寺院。山号は、魚山、本尊は薬師瑠璃光如来、開基は最澄。
もと円融院(円融房)または円徳院といった。
梨本房、梶井門跡とも称し、妙法院、青蓮院、毘沙門堂、曼殊院とともに天台宗五門跡の一つ。788年(延暦7)伝教大師最澄が比叡山根本中堂を創建したとき、東塔南谷の梨の大木の下に仮堂をつくったのが始まりと伝える。860年(貞観2)承雲が堂塔を整備して梨本門流の一寺となる。1086年(応徳3)には山麓の東坂本梶井里(現大津市)に御願寺円徳院が設けられて、東塔の本坊円融坊に対する里坊とされた。堀河天皇の第2皇子最雲法親王が皇族入寺の初めで、1130年(大治5)第14世となり梶井の宮と称した。その後、承任(18世)、尊快(20世)、尊覚(21世)、最仁(22世)らの法親王の入寺が続き、門跡寺院となった。1156年(保元1)大原寺(大原の来迎院、勝村院などの総称)を管轄することになり、魚山の声明を統管し、現在の地大原に政所を設置した。鎌倉時代、里坊は東坂本から京都に移され転々としたが、応仁の乱で船岡山にあった堂舎が焼失したのち、大原に移った。徳川綱吉は寺領1064石を寄せ、現上京区梶井に里坊をつくった。明治4年、大原政所が本殿と定められ、寺号も三千院となった。

門跡とは一門一派の法跡の意で、元来は、祖師から弟子へと継承されていく宗門の教えの伝統のことを、またその伝統の継承者のことをいった。しかし、899年(昌泰2)に宇多上皇が出家して法皇となり仁和寺に入ってからは、後世にこれを御門跡と称したために、法皇や法親王が住持したり開創した寺院、またその住持を御門跡または門主とよぶようになった。のちには皇族だけでなく貴族についても公卿門跡ができ、室町時代には、門跡という語はこうした皇族・貴族のかかわる特定寺院の格式を表す語となった。室町幕府は門跡奉行を置いて門跡寺院の政務をつかさどり、江戸幕府は門跡を宮門跡、摂家門跡、清華門跡、准門跡に区別してこれを制度化した。


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御殿門
城ではないです。寺です。
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客殿
三千院は、珍しく受付を済ませるとすぐに建物に入ります。
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客殿から聚碧園
客殿を介して広がる庭園。京都市指定名勝
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円融房手前から聚碧園と客殿
c0119036_1215819.jpg宸殿からの往生極楽院
極楽院(現往生極楽院)は元来、天台の門跡とは無関係。
12世紀末に、高松中納言藤原実衡の妻である真如房尼が、亡き夫の菩提のために建立した。1871年(明治4年)に三千院の本坊が洛中から移転してきてからは、その境内に取り込まれた。極楽院を「往生極楽院」と改称したのは1885年(明治18年)。

宸殿からは再び靴を履いて庭に出ます。

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有清園
宸殿前に広がる庭園。青苔にスギ、ヒノキ、ヒバなどの立木が並び、見るものをして心の安らぎを与えてくれる。。
宸殿より往生極楽院に通ずるこの広い庭園は、その名の通り清らかな自然に抱かれている。
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往生極楽院は国指定重要文化財
c0119036_12218100.jpg阿弥陀三尊坐像【国宝】
往生極楽院の本尊。脇侍の勢至菩薩像像内の銘文から平安時代末期の1148年(久安4年)の作とわかる。阿弥陀如来、観音菩薩、勢至菩薩の三尊が西方極楽浄土から亡者を迎えに来る(来迎)形式の像で、両脇侍が日本式の正座をしている点が特色である。2002年に国宝に指定されている。

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有清園
ほんのり色づいている木も。
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往生極楽院正面
宸殿から見えるのは裏。
c0119036_123676.jpgわらべ地蔵

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c0119036_123206.jpg弁財天

c0119036_1232765.jpg弁財天
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金色不動堂
三千院の祈願道場として、平成元年四月建立されました。
本尊は、智証大師御作と伝えられる金色不動明王で、秘仏となっています。
護摩の火は、煩悩を焼き尽くし、魔を降伏させる炎であるといわれています。
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紫蘇茶をよばれました。金粉入りですが、無料です。
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観音堂
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本格的な紅葉はまだまだ先。
c0119036_124468.jpg石仏
鎌倉時代中期の石仏で、俗に「大原の石仏」といわれ、京都近郊でも大きさや、よく整った形が注目されています。高さは2.25メートルの単弁の蓮華座上に結跏跌座(けっかふざ)する、定印阿弥陀如来で、おそらく「欣求浄土」(ごんぐじょうど)を願ったこの地の念仏行者たちによって作られたもので、往時の浄土信仰を物語る貴重な遺物です。
売炭翁とは炭の生産販売に従事する人々のことをいい、このあたり一帯は小野山の中腹に位置し、昔は炭を焼く炭竈があった所から売炭翁旧跡と伝えられています。

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c0119036_1241652.jpg朱雀門
往生極楽院の南側にある朱塗りの小さな門で、その昔、極楽院を本堂としていた頃の正門にあたります。
藤原期の様式とも言われていますが、江戸時代に再建されたものです。

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往生極楽院c0119036_1243690.jpg往生極楽院

c0119036_1244262.jpg木造救世観音半跏像
【重要文化財】
飛鳥時代に聖徳太子によって創建された四天王寺の当初の本尊像を模したもの。三千院門主は四天王寺別当を兼ねることになっており、その関係から三千院に伝わると思われる。

c0119036_1244993.jpgはんなり京梅酒

裏を見ると。。。。。。

c0119036_1245512.jpg和歌山産の完熟南高梅を使用。

みなさん買ってあげてください。

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大原の風景をお楽しみください。
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茅葺屋根の茶屋
土曜日なのに閉まっていました。
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寂光院の方向
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ガソリンスタンドの屋根もいい雰囲気
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c0119036_1261248.jpg抹茶とバニラのソフトクリーム
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by von-braun | 2009-10-03 02:37 | 近畿