カテゴリ:東海( 13 )
養老天命反転地
帰り道、岐阜の養老公園に寄った。

11:57
岐阜各務原
12:14
大垣

養老天命反転地に寄るためだ。
c0119036_22572145.jpg
まずは昼食をとった。
養老の滝から続く川。明らかに自然の護岸ではないのでが、この人だかり。
もっと自然の川あるんと違うの?
c0119036_22572744.jpg
養老天命反転地記念館
c0119036_22574429.jpg
昆虫山脈
c0119036_22573378.jpg
極限で似るものの家
c0119036_22573820.jpg

c0119036_22575076.jpg
c0119036_22575591.jpg
楕円形のフィールド
c0119036_225828.jpg
c0119036_2258783.jpg
c0119036_22581399.jpg


るるぶに不思議系アートスペースと紹介されていたんです。
それでホームページを見ると、バランスを失うやなんやら書いてあったので、すっかり白浜のエネルギーランドトリックアートハウスミステリーゾーンみたいなものを想像していたんですが。。。。。。
申し訳ないが、全然面白くありませんでした。あくまでも私的な意見です。
養老の滝を見に行った方がよかったな。

アートやて言われてもねえ、好みじゃないし。。。。。

にほんブログ村 旅行ブログ 国内旅行へ
にほんブログ村
[PR]
by von-braun | 2010-09-08 23:20 | 東海
国宝 如庵
犬山市のもう一つの国宝、如庵です。
犬山城から歩いていける距離です。

有楽苑と如庵

有楽苑は信長の弟、織田有楽斎(長益)からきているのはすぐにわかるでしょう。
有楽斎は千利休に茶を学び、利休十哲の1人にも数えられる。のちに自ら茶道有楽流を創始した。

豊臣家の滅亡の前に、大坂を退去し、京都で余生を過ごすことになった織田有楽斎は、建仁寺正伝院を再興し、そこを隠居所と定めた。建物は庫裏の北方に続く書院と、書院の東北に連なる数寄屋(如庵)である。明治41年(1908)、旧正伝院の建物は売却され、四散した。そのうち、如庵、書院、露地は東京の三井家へ引き取られた。昭和47年(1972)5月、再々度の移転により、犬山城下の有楽苑に移築された。この時、如庵勝手を書院の縁に直結させて、『都林泉名勝図会』の図によって南側縁の東半に手摺が復元された。

書院(旧正伝院書院)は、三方に縁をめぐらし、南面に細長い沓脱石を据え、主室の前に簡素な手摺をつけ、室と縁の境には腰高障子と舞良戸を立てている。屋根は軽い起りをつけた銅板葺入母屋造である。主室は七畳に1間の出床を構え、西側に六畳の次の間を配している。張付壁であるが長押はなく、鴨居または付鴨居が回る。襖と張付壁は山雪ほかの狩野派による墨絵が描かれる。室境の欄間も簡素な意匠の格子をつけたものである。

如庵の外観は入母屋風でこけら葺の端正な姿であり、躙口を正面に見せず左端に土間庇をつくる。
国宝となっている茶室は、如庵のほか、京都山崎の妙喜庵待庵と、大徳寺龍光院の密庵のみであり、茶道文化史上の貴重な存在である。


c0119036_2243593.jpg
萱門
c0119036_2253490.jpg
如庵と旧正伝院書院
c0119036_2233783.jpg


c0119036_2254194.jpg
旧正伝院書院【重要文化財】
c0119036_2254628.jpg
如庵【国宝】
c0119036_2255418.jpg
茶室の中は撮影禁止です
c0119036_226193.jpg
右:有楽好み井筒
左:釜山海 加藤清正が朝鮮より持ち帰った手水鉢。

にほんブログ村 旅行ブログ 国内旅行へ
にほんブログ村
[PR]
by von-braun | 2010-09-08 22:43 | 東海
犬山城
さあ、気分をとりなおして、
8月13日
今日もモーニングを途中で食べて、犬山城へ。
c0119036_2254939.jpg
c0119036_22423057.jpg

c0119036_22424654.jpg
おお、国宝の犬山城天守!
これで国宝4天守はすべて見ました。
松本城だけは登ってないし、画像もないけど。。。。

この犬山城、平成16年まで個人の所有でした。犬山藩主の成瀬家の末裔で、第12代城主の成瀬正俊が財団法人犬山城白帝文庫へと移管。その白帝文庫の初代理事長は正俊の長女淳子さんです。
c0119036_22425267.jpg
犬山城入場券を500円で購入すると文化資料館、からくり館にも入館できる。
犬山のもうひとつの国宝如庵(有楽苑)も行くなら、「国宝二つ巡り」という共通券が1,200円で販売されている。
有楽苑の入苑料は1000円なので、300円お得!
でも犬山城の入場料は妻が買ったので、共通券を買わなかった。
しまった、横で見とくんやった。
c0119036_22425921.jpg
こちらの門の上の建物は事務所になってます。
c0119036_2243678.jpg
付櫓
c0119036_22442257.jpg
付櫓内部(1F)
c0119036_22443687.jpg
c0119036_22431311.jpg
c0119036_22433247.jpg
c0119036_22435856.jpg
上段の間
創建当時の城主の居間
c0119036_2244799.jpg

c0119036_22442921.jpg
2Fへの階段
c0119036_22441547.jpg
2F
c0119036_22454048.jpg
破風の間(3F)こちらは入母屋破風
c0119036_22461012.jpg
破風の間
南北に施されている唐破風は成瀬氏によって増築されたといわれている。 東西には入母屋破風が施されている。
左が唐破風、右が入母屋破風
c0119036_22444756.jpg
4F(最上階)回廊より
c0119036_2245375.jpg

c0119036_2245245.jpg
本丸を望む
c0119036_22462217.jpg
名鉄犬山ホテル
犬山市のもう一つの国宝、如庵のある有楽苑がある。
c0119036_22472437.jpg
北 もうチョイ左に岐阜城がある。
写ってねえ!!
c0119036_22473185.jpg
西 中央は伊木山(犬山八景のひとつ、夕暮れ富士)
c0119036_224740100.jpg
c0119036_2247492.jpg
本丸
c0119036_2248165.jpg
c0119036_2248923.jpg
桃の瓦
魔よけ、厄除けの意味があるらしい。
犬山にも桃太郎伝説があるが、桃太郎といえば岡山の方が有名。その岡山城にも桃の瓦があるのが面白い。
c0119036_22481825.jpg
南 遠くに名古屋のビル群が見える。
手前の山は小牧山。小牧城が写ってるんですけど、分かります?
c0119036_22482498.jpg
高欄の間
c0119036_22483237.jpg
2Fから本丸を望む。
左の屋根は付櫓
c0119036_22485270.jpg
石垣の内部
c0119036_22483856.jpg
大杉様
犬山城築城の頃からの老木で、天守閣と同じくらいの高さがあり、城を守るご神木としてあがめられてきたが、1965年ころ枯れたとのこと。
c0119036_22484497.jpg

c0119036_2249493.jpg
c0119036_22491345.jpg
c0119036_22525430.jpg
c0119036_2253047.jpg
c0119036_2253593.jpg
c0119036_22532461.jpg
付櫓
c0119036_22531115.jpg

c0119036_22533077.jpg
c0119036_22533822.jpg
七曲門跡
c0119036_22535756.jpg
針網神社
延書式神明帳に所載されている式内社。太古よりこの犬山の峯に鎮座し、東海鎮護、水産拓殖、五穀豊穣、厄除、安産、長命の神として古来より神威顕著で士農工商の崇敬殊に厚く白山大明神と称えられ濃尾の総鎮守であった。
 織田信康は、市内の木の下城を社地に移そうとして、天皇の命を頂いて、1537年に、市内の白山平(城の東方の山)に遷座した。その後、69年後の1606年に名栗町に遷座し、城主成瀬氏代々の祈願所となった。1882年に現在地に遷座した。


c0119036_2254364.jpg
三光稲荷神社
かつては三狐山(三光山)に鎮座し、犬山城主織田信康の保護を受けていたという。江戸時代以降、犬山城主成瀬氏の守護神とされる。神仏習合で三光寺とも称していたが、明治時代初期の神仏分離により三光稲荷神社となる。
1964年、現在地に移転する。
猿田彦大神を祀る猿田彦神社は犬山猿田彦神社ともいい、三光稲荷神社の境内社であるが、独立した存在である。社務所でも三光稲荷神社と猿田彦神社を併記している。
c0119036_22545261.jpg

c0119036_2255267.jpg
犬山神社
c0119036_22552668.jpg
犬山城の西御殿(平岩親吉の屋敷を移築した建物)が存在した場所にある。
成瀬正成以降の歴代犬山城城主を祀るほか、戊辰戦争から太平洋戦争までの戦没者を祀る。
c0119036_22553411.jpg
犬山市文化資料館内の車山
c0119036_22554146.jpg
からくり展示館(犬山市文化史料館別館)
c0119036_22554667.jpg


10/08/12
04:57
南紀田辺 10/08/12
06:16
堺本線
06:27
八尾本線
06:45
門真JCT
06:45
京田辺本線
08:30
一宮
08:32
一宮  通り過ぎたためいったん降りてUターン
08:49
岐阜各務原




にほんブログ村 旅行ブログ 国内旅行へ
にほんブログ村
[PR]
by von-braun | 2010-09-06 01:16 | 東海
ありえ~へんわ
チサンイン名古屋栄の下に某コンビニがあるんですが、そこで買い物をしたんです。
飲料と本を買ったのですが、そこの店員、だすい(粗雑)んでしょうなあ。本を落としよったんです。そして謝りもせずそのまま袋に詰めたんですわ。ありえ~へんわ。
あっけにとられてしまいました。

「別の本あったら変えろよ」といって本棚に行ったんですが、一冊しかなかった。
仕方がないもんで、「普通落としたらあやまるけどな~」といって出てきました。
酒飲んで、ぼうっとしてたからですけど、シラフだったら突っ返しとるな。

アカンまた、腹立ってきた。
[PR]
by von-braun | 2010-09-05 22:33 | 東海
ウォーキング・ウィズ・ダイナソー
さて、今回の旅の本当の目的、ウォーキング・ウィズ・ダイナソーです。
名古屋講演の会場は日本ガイシホール。
ホテルに車を止め、電車で移動。
c0119036_22123076.jpg
c0119036_2212378.jpg
c0119036_221249100.jpg
いよいよ始まりです。
c0119036_22374895.jpg
リリエンステルヌス
c0119036_22125562.jpg
プラテオサウルス
c0119036_2213248.jpg

c0119036_22131068.jpg
ステゴサウルス
c0119036_22322642.jpg
アロサウルス
c0119036_22131766.jpg
ブラキオサウルス
c0119036_2213245.jpg
オルニトケイルス
c0119036_2213305.jpg
ユタラプトル
c0119036_22133680.jpg

c0119036_22134444.jpg
トロサウルス
c0119036_22331128.jpg
ただ動き回るだけやと思っとったんですが、博士役の俳優(もちろん日本語のナレーション)がいろいろと説明してくれ、学術的でした。
c0119036_223322100.jpg
アンキロサウルス
c0119036_22135271.jpg
ティラノサウルス
c0119036_22135997.jpg
c0119036_2214544.jpg
夕食は世界の山ちゃん
c0119036_22141230.jpg
幻の手羽先
うみゃー!うみやー!

にほんブログ村 旅行ブログ 国内旅行へ
にほんブログ村
[PR]
by von-braun | 2010-09-04 22:56 | 東海
熱田神宮
本日、犬山城へ行かなかったので、名古屋市内へ。
名古屋城には重文はあるが、国宝がないし、写真にはおさえているので、無視。
とりあえず、昼食は味噌カツ。
c0119036_2113551.jpg
矢場とん
13:06発、13:47到着
この時間なのに並んでました。3階建てなのですが、中も各階並んでました。
c0119036_21135549.jpg
いたるところに豚が。。。。
c0119036_2114473.jpg
c0119036_21141372.jpg

c0119036_21152854.jpg
みそかつ
c0119036_21142083.jpg
うまいんですが、あまりに多いと飽きてきますね。
この意味が分かりますわ。
c0119036_21153589.jpg
熱田神宮
国宝建築物ははないが、三種の神器の一つ、草薙剣(天叢雲剣)をご神体としているので、一度行きたかったんです。名古屋4回目にしてやっと来ることができました。
c0119036_21155189.jpg
本宮
明治26年までは尾張造りの社殿だったが、三種の神器奉斎の社であることから伊勢の神宮とほぼ同様の社殿配置・規模の神明造りに改造された。
昭和20年3月・5月と、2回の戦災を受けたが、昭和30年10月に造替された。

本宮の拝所は外玉垣御門(とのたまがきごもん)の前で、この御門と四尋殿(よじんでん)を併せ拝殿と称し、東西翼廊を付設しております。
c0119036_21155899.jpg
c0119036_211667.jpg
本殿
社殿は、平成21年に建て替えられたようです。
c0119036_21161440.jpg
信長塀
永禄3年(1560)織田信長が桶狭間出陣のとき、熱田神宮に必勝祈願をしてみごと大勝したので、そのお礼として奉納した築地塀。
土と石灰を油で練り固め瓦を厚く積み重ねたもので、西宮神社の大練塀、三十三間堂の太閤塀とともに日本三大土塀の一つとして有名。

にほんブログ村 旅行ブログ 国内旅行へ
にほんブログ村
[PR]
by von-braun | 2010-09-03 21:50 | 東海
犬山、明治村
さて、8月12日カーナビのドライブレポートによると4時54分に出発、。
南紀田辺インターから高速へ。
ちょうど台風のときで、北上するにつれ、結構雨が降ってました。
門真JCTから第二京阪にのるが、昨年開通したばかりなので、カーナビに反映されていない。それはともかく、京滋バイパスに入り、瀬田東手前から少々混んでくる。今回は先に犬山に行くので新名神ではなく名神に入る。盆前とはいえ、平日なのに車が多い。でも米原で皆北陸方面へ行き、空いてきた。
9:14分犬山城の駐車場に到着。途中一宮JCTで東海北陸道へ入りそこない、一宮ICでおり再度のりなおしたため、30分ロスしたが、まあ4時間ぐらいか。わが、ワゴンR スティングレーは快調。
c0119036_2321119.jpg
でも雨なので、犬山城は翌日にまわそ~っと。
旅は臨機応変!

朝食をとるため喫茶店へ。もちろん目的はモーニング。名古屋、東海地方といえばモーニングでしょ!
ということで、コーヒー専門店のようなところに入るが、期待したモーニングがない。。。
仕方なくホットドッグなどを頼んでいると、なんと飲み物を注文すればトーストやらタマゴやらがつくとのこと。サービスで。これがほんとのモーニングサービスなんや!と少し感動してしまった。

その後、明治村へ。
ここには重要文化財がひしめいているので外せませんな。
10:10到着

c0119036_2322399.jpg
c0119036_23281981.jpg
東松家住宅【重要文化財】
旧所在地 名古屋市中村区船入町 建設年代 明治34年(1901)頃
詳細はこちら
c0119036_23283738.jpg
c0119036_2328531.jpg
c0119036_2329287.jpg
c0119036_23291120.jpg
c0119036_23291877.jpg

c0119036_23331538.jpg
東山梨郡役所【重要文化財】
旧所在地 山梨県山梨市日下部町 建設年代 明治18年(1885)
詳細はこちら
c0119036_23332840.jpg
c0119036_23333934.jpg

c0119036_23374712.jpg
三重県庁舎【重要文化財】
旧所在地 三重県津市栄町 建設年代 明治12年(1879)
c0119036_23375843.jpg

c0119036_2338843.jpg

なんか、金田一耕輔(古谷一行)が出てきそうな雰囲気。古いか?
c0119036_23381581.jpg
なんや~!
時計店のポスターみたいやけど、どないなセンスしてんねん!!
c0119036_235069.jpg
明治天皇御料車(6号御料車)《鉄道記念物》
詳細はこちら
c0119036_23501482.jpg
明治神社
この明治神社は、明治神宮の1/10縮小社殿だそうです。
c0119036_23504438.jpg
聖ヨハネ教会堂【重要文化財】
旧所在地 京都市下京区河原町通五條 建設年代 明治40年(1907)
詳細はこちら
c0119036_2351726.jpg
c0119036_23514359.jpg
c0119036_23521421.jpg
c0119036_23522879.jpg
c0119036_23523958.jpg

c0119036_23563057.jpg
西郷從道邸【重要文化財】
旧所在地 東京都目黒区上目黒 建設年代 明治10年(1877)代
c0119036_23564438.jpg
c0119036_235756.jpg
森鴎外・夏目漱石住宅
《旧東京都旧跡》
旧所在地 東京都文京区千駄木町 建設年代 明治20年(1887)頃

明治23年に森鴎外が借り、一年余りを過ごした。又、明治36年(1903)から同39年までは夏目漱石が借りて住んでいたらしい。
詳細はこちら
c0119036_23571939.jpg
c0119036_23573857.jpg
c0119036_23575290.jpg
札幌電話交換局【重要文化財】
旧所在地 札幌市大通 建設年代 明治31年(1898)
詳細はこちら
c0119036_23581770.jpg
京都市電
c0119036_23582713.jpg
c0119036_23583788.jpg
品川燈台【重要文化財】
旧所在地 東京都港区品川 建設年代 明治3年(1870)
詳細はこちら
c0119036_23584765.jpg
菅島燈台附属官舎【重要文化財】
旧所在地 三重県鳥羽市菅島町 建設年代 明治6年(1873)
詳細はこちら
c0119036_235944.jpg
リング精紡機【重要文化財】
製作年代 1893年(明治26)
c0119036_23591356.jpg
菊花御紋章付平削盤【重要文化財】
製作年代 明治12年(1878)
詳細はこちら
c0119036_23593927.jpg
宇治山田郵便局【重要文化財】
旧所在地 三重県伊勢市豊川町 建設年代 明治42年(1909)
宇治山田は伊勢市の前の名称。
詳細はこちら
c0119036_23595681.jpg
c0119036_00102.jpg
c0119036_002159.jpg
呉服座【重要文化財】
旧所在地 大阪府池田市西本町 建設年代 明治25年(1892)
詳細はこちら
c0119036_003921.jpg
聖ザビエル天主堂
旧所在地 京都市中京区河原町三條 建設年代 明治23年(1890)
c0119036_00549.jpg
c0119036_011179.jpg
帝国ホテル中央玄関
旧所在地 東京都千代田区内幸町 建設年代 大正12年(1923)
c0119036_012237.jpg
c0119036_013515.jpg
c0119036_015463.jpg
c0119036_02990.jpg
ポーツマス条約調印のテーブル
 ポーツマス条約は、日露戦争の講和条約。1905年(明治38年)9月5日に、アメリカ合衆国大統領セオドア・ルーズベルトの斡旋によって、メイン州キタリーにあるポーツマス海軍造船所において、日本全権小村寿太郎とロシア全権セルゲイ・ウィッテの間で調印された。キタリーはニューハンプシャー州ポーツマスとは川を挟んだ対岸に位置する。
c0119036_022596.jpg
c0119036_023440.jpg
c0119036_024523.jpg


3時間程度で、重文は全部回れたかな。

にほんブログ村 旅行ブログ 国内旅行へ
にほんブログ村
[PR]
by von-braun | 2010-09-03 01:01 | 東海
愛知・岐阜ついでに滋賀も
8月12日、13日と名古屋に行って参りました。

ウォーキング・ウィズ・ダイナソーへ行くのが目的です。

なぜ、名古屋かって。
大阪が日程的に忙しい時期だったからです。

犬山城などもまわってきましたので、数回に分けて紹介します。

にほんブログ村 旅行ブログ 国内旅行へ
にほんブログ村
[PR]
by von-braun | 2010-09-02 21:30 | 東海
白川郷
久しぶりの世界遺産です。

世界遺産「白川郷・五箇山の合掌造り集落」は、飛騨地方の白川郷(岐阜県大野郡白川村)と五箇山(富山県南砺市)にある合掌造りの集落で、1995年12月9日にユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されました。
白川郷・五箇山の合掌造り集落と言われていますが、白川郷の「荻町」と、五箇山の「相倉」、「菅沼」の三つの集落が世界遺産。
荻町は1976年に、相倉と菅沼は1994年に重要伝統的建造物群保存地区に選ばれています。世界遺産に登録されているのはこの3集落で、他の集落のものについては世界遺産には登録されていません。
「荻町」は岐阜県大野郡白川村、「相倉」、「菅沼」は富山県南栃市(旧行政区域:東砺波郡平村、同上平村)にあります。

今回は白川郷のみです。
白川郷の国指定重要文化財は和田家住宅のみ。
白川郷にはもうひとつ旧遠山家(白川村大字御母衣)があるのですが、世界遺産ではありません。


c0119036_20555512.jpg結構積もってます。
でも寒くないんですよね。風がないから。

うちの方が寒いくらい。
南紀といえども、冬は結構、風が強いので、体感温度は寒いです。

c0119036_21523681.jpg早速合掌造りの家が。

c0119036_220269.jpg
この3軒並んだ風景よく見ますね。

上町(かんまち)地区にあります。
c0119036_220954.jpg
地図上では生活資料館と記載されている場合もありますが、左が土産物屋の木古里、右が茶屋忠兵衛、真ん中がどうやら生活資料館らしいのですが、開いているような(使用されているような)雰囲気はありませんでした。


c0119036_2201627.jpg甚太の庄(たぶん)

c0119036_2202341.jpg生活資料館(たぶん)

c0119036_2202947.jpg茶屋忠兵衛

c0119036_2203843.jpg
木古里
c0119036_2204591.jpg
木古里
c0119036_2205710.jpg
であい橋
一見つり橋に見えるが、吊床版橋。
c0119036_22135.jpg
白川郷には、木製のつり橋があうと思うのですが、これだけの人乗れませんもんね。

c0119036_2211210.jpg庄川

c0119036_221181.jpg燈篭

c0119036_2212420.jpg秋葉神社
ここにもあったか。

c0119036_2213096.jpg
食事喫茶 今昔
c0119036_2213674.jpg
メインストリート
大型車は通行禁止

そんなに大きい地区でもないので、住民以外自動車乗り入れ禁止にしてもいいくらいでしょう。

c0119036_2214171.jpg廃屋?

c0119036_2214831.jpg神田家
見学可能
およそ200年の合掌造り家屋。新しい技術をとりいれ改良された完成度の高いつくり。
自慢の囲炉裏や民具など館内に展示されています。

神田家は和田家(現国重文)の次男である和田弥右衛門が分家し、この地に居を構えたのが始まりです。
当時この地には、産土八幡宮の「神田(しんでん)」があったことから、苗字を神田と改め、神田吉右衛門を襲名しました。
当合掌造りは江戸後期に石川県の宮大工により十年の歳月をかけて建造されたと云われています。
それまでの合掌造りの構造を受け継ぎながらも、新しい技術を取り入れ改良し、完成度の高いつくりと評されています。

c0119036_2215328.jpg神田家

c0119036_2215928.jpg
長瀬家
5階建て600坪という白川郷でも最大級の合掌造りの家屋。樹齢150~200年のヒノキや、300~350年の栃などの巨木を利用。長さ11mもの柱(合掌柱)が5階建の合掌造りを貫いています。250年続く長瀬家は初代から三代目当主までが医者で、加賀藩前田家の御典医を勤めており、江戸時代の医療器具が残されています。
5階建てという大規模な合掌作りは、3年の歳月と当時の金で八百円、米百表、酒十一石八斗と白川郷民の「結い」の心で完成したといわれています。

c0119036_057891.jpg長瀬家

c0119036_123498.jpg
長瀬家
c0119036_0573591.jpg
城山展望台の近くより
城山展望台までは下から20分って書いてたんですが、時間がないので、途中の見晴らしのよい場所で撮影。
ここまで行きは10分帰りは3分。(走ったけど。。。)
c0119036_0574733.jpg

c0119036_0575514.jpg
c0119036_058386.jpg
和田家(重文)周辺
c0119036_0581084.jpg
中央左が長瀬家c0119036_0581894.jpg

c0119036_0583082.jpg


c0119036_0584690.jpg
稲架倉(はさぐら)
刈り取った稲を乾かすための場所と大事なものを納める倉とが一緒になった建物。
後ろが城山展望台
c0119036_0585684.jpg
和田家住宅
【重要文化財】
和田家は天正元年(1573年)よりつづく家柄で、当主は代々「弥右衛門」を名乗りました。江戸時代には牛首口留番所役人や庄屋を務め、苗字帯刀を許されていました。また、火薬の原料である塩硝(焔硝)の取引で繁栄しました。
和田家住宅の建築時代は諸説ありますが、文化庁によると江戸時代末期であるといいます。
和田家住宅は1995年(平成7年)12月26日に主屋、土蔵、便所ならびに土地が国の重要文化財に指定されました。現在も住居として使われていますが、見学できます。
c0119036_059498.jpg和田家

c0119036_0591131.jpg
和田家
c0119036_0591895.jpg
c0119036_0592683.jpgカオナシ

c0119036_0593345.jpg
雪の合掌造り

c0119036_0594136.jpg雪だるま

c0119036_0595093.jpgキティーちゃん

c0119036_0595944.jpgミッフィー

c0119036_10631.jpg


にほんブログ村 旅行ブログへ
にほんブログ村
[PR]
by Von-Braun | 2010-02-16 01:27 | 東海
飛騨高山
飛騨高山は江戸時代以来の城下町・商家町の姿が保全されており、その景観から「飛騨の小京都」と呼ばれている。
高山は、金森長近3万8千石の城下町であったが、元禄5年(1692)金森氏は国替えとなり、飛騨は徳川幕府直轄の天領となった。それ以来高山は、町人の町として栄えた。
いまに見る高山の伝統は、武家文化中心のものではなく、町衆文化である。
c0119036_2020227.jpg飛騨高山はかなり雪深い

c0119036_20285521.jpg
高山市政記念館
1895年(明治28年)から1968年(昭和43年)まで高山町役場(昭和11年11月からは市役所)として使用されていた建物で、その後1986年(昭和61年)までは公民館として使用されていた。
町並みを守るという住民の意識が高いんでしょうね。
わが街はそんな建物をどんどんどんどん破壊しています。
c0119036_20291460.jpg
中橋から
c0119036_20292974.jpg
さんまちの町並み
さんまちは江戸時代、金森長近が整備した城下町の商家町にあたる区域で、江戸時代後期から明治時代にかけての和風建築が数多く残されている。
高山市三町伝統的建造物群保存地区の名称で国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された。

大体みんな高山陣屋や陣屋朝一へ行くんでしょうか?
でも、高山陣屋は建築物は国宝でも重文でもなんでもない。

高山に国宝(建築物ね)はないので、歩いていける範囲なら、重文の国分寺、照蓮寺、吉島家住宅、日下部家住宅、松本家住宅しかないでしょう!
c0119036_20294421.jpg
二木酒造
ちょうど新酒ができる頃です。杉玉がかかっています。
酒造めぐりの時期で、試飲もできるのですが、10時からのオープン。
まだ少し早いので、後にしよう。
c0119036_2029574.jpg
川尻酒造場
c0119036_2030593.jpg
生活するために最小限のことしかしたくない私は、ここには住めませんな。
今の余暇の時間から雪かきする時間減るわけでしょ。
c0119036_20301338.jpg
日下部家住宅(日下部民芸館)
【重要文化財】

日下部家は、天領時代幕府(代官所)の御用商人として栄えた商家で、屋号を「谷屋」といった。
当時の邸宅は、明治8年に焼失、4年後の明治12年(1879)に完成したのが、現在の建物である。
主家は、切妻造り段違い二階建て、一部吹き抜けの総桧造り。梁と束柱の木組みの力強い構成、屋根の勾配はゆるく、軒の出は深い。また家の正面表構えの出格子、入格子、窓切りの変化、ベンガラに煤をまぜて焦茶色に塗った木部の仕上げ等、江戸時代高山の町家造りの特色を留めている。他に土蔵二棟がある。
昭和41年、明治建築の民家として、初めて国の重要文化財に指定され、以後民芸館として一般に公開している。
c0119036_20302026.jpg
c0119036_20302712.jpg囲炉裏
c0119036_20303476.jpg
c0119036_2030401.jpg
c0119036_20304767.jpg
c0119036_20305383.jpg
c0119036_2031022.jpg
せんべいとお茶をいただきました。
c0119036_2031720.jpg
c0119036_20311458.jpg
c0119036_20312291.jpg
吉島家住宅
【重要文化財】
日下部家に隣接する。
吉島家の初代は文政6年(1823)に没した休兵衛で、代々生糸、繭の売買、金融、酒造業を営んだ。吉島家の日記によると明治8年(1875)高山の大火後翌9年再建した。しかし明治38年(1905)再び類焼し、本宅表側の店二間通りだけが焼け残ったとある。四代吉島斐之は明治40年再建を行った。大工は主屋を川原町西田伊三郎が、座敷を吉城郡上宝村の内山新造が建てた。
 主屋は2階建であるが全体のたちは低く、下手の落棟部は中2階である。1階前面には様々な格子が幅広く付き、優れた意匠をもつ。2階壁面は低く連子窓を連続させるが、入口大戸の上は化粧貫2本を横に通した土壁となる。向って左側の落棟は中2階に与力窓を設ける。   
 隣つづきの日下部家と異なるところは、軒下にせいがい天井がなく、前側2階の柱間が広いこと、北側出格子が入口一間手前で入格子になって葬式の際に出棺する場所が設けられていること、全体的に地味な印章を与えることなどである。
 棟まで1本で通した大黒柱は太く美しい。大黒柱に組み込まれた吹抜部分の梁組は、丁寧に鉋で仕上げられ、漆を塗られている。天窓から差し込む幾筋かの光が、斜めにこの吹抜けを通る構成はすばらしいものがある。庭は、前側に「ナカニワ」、裏側に「ウラニワ」がある。それぞれ茶室、仏間、本座敷、次の間から眺められる間取をもつ。
中に入る時間はありませんでした。

この後、照蓮寺に行きたかったのですが、足手まといが3人いるし、そのうち1人はうっさい奴やから、引き返すことに。
c0119036_20312863.jpg
弥生橋から上流
左側に宮川朝一が並ぶ。
c0119036_2032434.jpg
秋葉神社
日本全国に点在する神社で、神社本庁傘下だけで約400社ある。
静岡県浜松市天竜区春野町領家にある秋葉山本宮秋葉神社が、秋葉大権現の起源。
神社以外にも秋葉山として祠や寺院の中で祀られている場合もあるが、殆どの祭神は神仏習合の火防・火伏せの神として広く信仰された秋葉大権現である。
祠の場合は火伏せの神でもあるため、燃えにくい石造りの祠などが見かけられる。小さな祠であることが多く、一つの町内に何箇所も設置されている場合もある。
ここ高山にもいくつもあり、スタンプラリーが楽しめる。そんな時間ないけど。。。。
c0119036_20313385.jpg宮川朝一

c0119036_20313942.jpg
今日はあまり出店していないようです。
c0119036_20314570.jpg
仙人台の置場
八幡祭の屋台行列は享保三年(1718)の開始と伝えられるが、その頃の屋台「湯の花」の組が分かれて仙人台の組ができたといわれる。
最も古い形を残した屋台といわれる。以前は他の多くの屋台が唐破風の屋根であったというが、切破風に変わり、この屋台だけが唐破風の古態を残している。屋根飾りには極彩色の剣巻龍を前後に立てている。往時は久米の仙人が、洗濯する美女の美しさに見とれて雲上から墜落するというからくりがあったが、明治初期に廃止され、現在は仙人の像のみが飾られている。

c0119036_20315136.jpg田邊酒造
ここの試飲は2/22からだった。。。。。。

ちなみに、酒造めぐりは、
平田酒造場1/18-24
原田酒造場1/25-31
川尻酒造場2/1-7
二木酒造2/8-14
平瀬酒造店2/15-21
田邊酒造場2/22-28

c0119036_20315887.jpg
老田酒造店
酒造めぐりの中には入っていないが、ここでも試飲できました。
c0119036_203296.jpgキティぼぼ

c0119036_20321641.jpg
歯医者もこんな感じです。
c0119036_20322185.jpg川尻酒造場に戻って試飲。
いろいろ説明してくれました。
酒造めぐりのお猪口もいただきました。

c0119036_20322660.jpg
ファミマもこんな感じ
c0119036_20323229.jpg
長瀬旅館

にほんブログ村 旅行ブログへ
にほんブログ村
[PR]
by Von-Braun | 2010-02-12 21:40 | 東海