善光寺
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仁王門
仁王門は宝暦二年(1752年)に建立されましたが、善光寺大地震などにより二度焼失し、現在のものは大正七年(1918年)に再建されました。この門には善光寺の山号である「定額山」の額が掲げられています。
仁王像並びに仁王像背後の三宝荒神・三面大黒天は共に高村光雲・米原雲海の作であり、その原型は善光寺史料館に展示されています。

石畳
境内地入り口から三門下までの400メートルに敷かれている石畳は、正徳四年(1714年)に江戸中橋の大竹屋平兵衛より寄進されたものです。古来より7777枚あるといわれています。平兵衛は寄進後出家し「道専」と名乗り、そのお墓は善光寺山内の向仏坊の墓地に現存しています。
本堂から三門にかけての石畳は、正徳三年(1713年)、腰村西光寺欣誉単求により寄進されたものであります。
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山門(三門)重要文化財
寛延三年(1750年)に建立された二層入母屋造りの門です。屋根は大正年間の葺き替え時に檜皮葺きとなりましたが、平成十四年から十九年にかけて行われた平成大修理において、建立当時と同じサワラの板を用いた栩葺き(とちぶき)に復原されました。
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楼上には輪王寺宮筆の「善光寺」と書かれた額が掲げられています。これは通称「鳩字の額」と呼ばれており、3文字の中に鳩が5羽隠されています。更に「善」の一字が牛の顔に見えると言われ、「牛に引かれて善光寺参り」の信仰を如実に物語っています。
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大勧進
大勧進の住職は貫主(かんす)と呼ばれ、大本願の上人(しょうにん)と共に善光寺住職を兼ねています。
貫主は代々比叡山延暦寺より推挙される慣習になっており、毎朝善光寺本堂で行われるお朝事(お勤め)に出仕されます。
大勧進には本堂の万善堂の他、無量寿殿・不動堂・地蔵八角円堂・紫雲閣・宝物殿・僧侶が修行をする聖天堂などがあります。また、奥書院は明治天皇御巡幸以来、大正天皇、昭和天皇両陛下の御駐泊により、昭和八年に行在所に指定されました。
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本堂(国宝)
現本堂は宝永4年(1707年)の再建。高さ約27メートル、間口約24メートル、奥行約53メートルで、国宝に指定されている木造建築の中で3番目に大きいといわれています。T字形の鐘をたたく撞木に似た撞木造りという構造を採用しています。
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本道から三門
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内陣
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びんずる尊者
本堂正面から外陣に入りますと最初に目にとまる像が、びんずる(賓頭廬)尊者です。お釈迦様の弟子、十六羅漢の一人で、神通力(超能力に似た力)が大変強い方でした。俗に「撫仏」といわれ、病人が自らの患部と同じところを触れることでその神通力にあやかり治していただくという信仰があります。
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経蔵重要文化財
宝暦九年(1759年)に建立された宝形造りのお堂です。内部中央には八角の輪蔵があり、その中には仏教経典を網羅した『一切経』が収められています。輪蔵に付属している腕木を押し回すことでこの『一切経』を全て読んだことと同じ功徳が得られるといわれています。また、経蔵内には輪蔵を考案した傅大士、並びに伝教・慈覚の両大師像が祀られています。
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徳川将軍大奥供養碑
三代将軍家光の夫人本理院、乳母春日局ら、江戸初期の大奥関係者の供養塔です。善光寺如来様は幕府の女性から篤く信仰され、江戸で出開帳が行われた時には、前立御本尊が江戸城に迎え入れられたこともありました。
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松代藩真田家の古塔
江戸時代に善光寺の外護職を務めていた松代藩の藩主、真田家の供養塔。寛永・寛文年間の供養塔が並んでいます。
松代藩は善光寺を保護するとともに篤く信仰していました。境内東部には重臣らの供養塔も現存しています。松代と善光寺とのご縁は今も深く、7年に一度の善光寺御開帳の折には、本堂前に建つ大回向柱の用材を松代町が毎回寄進しています。
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高尾燈籠
江戸吉原の三浦屋四郎左衛門が奉納した燈籠です。三浦屋は吉原にあった遊郭で、遊女高尾太夫の供養塔として建立されたと昔より言われています。
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真田家関係古塔
真田家重臣の古塔
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善子さんと光子さん
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鐘楼・梵鐘(重要美術品)
嘉永六年(1853年)に再建された檜皮葺の建物で、南無阿弥陀仏の六字にちなんで6本の柱で建てられています。
梵鐘は寛文七年(1667年)鋳造の名鐘であり、重要美術品に指定されています。毎日午前10時から午後4時の毎正時に時を知らせる鐘として、更に長野オリンピックの開会を告げた鐘として親しまれています。
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日本忠霊殿・善光寺史料館
戊辰戦争から第二次世界大戦に至るまでに亡くなられた240万余柱の英霊を祀る、我が国唯一の仏式による霊廟です。御本尊は秘仏の善光寺如来様の分身仏です。(高村光雲門下 関野聖雲作)
1階には善光寺所蔵の什物を展示する「善光寺史料館」が併設され、絵馬などを通して全国に根付く善光寺信仰の歴史を垣間見ることができます。
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釈迦堂
世尊院の小御堂である釈迦堂の御本尊は、鎌倉時代の作とされる我が国唯一の等身大(1.66メートル)の銅造釈迦涅槃像(重要文化財)です。戦国時代には善光寺の御本尊様・御三卿像・御印文と共に全国を流転しました。
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大本願
大本願の創建以来、尼公上人をもって住職とし、代々皇室関係の方々が入山されています。近世において、尼僧では伊勢・慶光院、熱田・誓願寺とともに日本三上人といわれていましたが、今日では大本願の上人様のみが法灯を継承されております。大勧進の貫主(かんす)と共に善光寺住職を兼ねており、毎朝善光寺本堂で行われるお朝事(お勤め)に出仕されます。
 大本願には、本誓殿・奥書殿・明照殿・表書院・光明閣・寿光殿・宝物館などがあります
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「善光寺外苑西之門」は、「吟醸生酒西之門」と「善光寺みそ長期熟成」の醸造元で善光寺境内に隣接する清酒工場を核とする複合観光施設です。
施設は 「清酒工場」 「酒とみその店よしのや」 「レストランさくら」 「西之門の中庭」からなります。西之門清酒工場は機械化と温度制御により通年醸造が可能となり、一年中しぼりたての生酒を醸造しています。

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by Von-Braun | 2011-09-02 23:12 | 甲信越
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