大神神社
明日香に行こうか、大神神社に行こうか迷いましたが、明日香は行ったことがあるので、大神神社に行くことにしました。
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大神神社(おおみわ)です。
大和国一の宮で、我が国最古の神社です。
大己貴神(大国主神)が、 自らの幸魂・奇魂を三輪山にお鎮めになり、大物主神の御名をもってお祀りされたのが大神神社のはじまりです。本殿 は設けず拝殿の奥にある三ツ鳥居を通し、三輪山を拝するという、原初の神祀りの様が伝えられています

重要文化財
大神神社 拝殿(附 棟札)
大神神社 三ツ鳥居(附 瑞垣)
大神神社 摂社大直禰子神社社殿

史跡(国指定)
大神神社境内
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夫婦岩
夫婦円満、子授け、縁結び、恋愛成就等に霊験あらたか磐座として信仰をあつめている。
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末社 祓戸神社
祭神:瀬織津姫神・速秋津姫神・気吹戸主神・速佐須良姫神
通常、祓戸大神と称される神々
もろもろの罪穢を祓い除け給う。
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鳥居がしめ縄です。
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拝殿
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現在の拝殿は、寛文4年(1664)徳川4代将軍家綱の造営になり、西向きに建ちます。桁行9間 (21メートル)、梁間4間(8メートル)、正面は三間一面の大向拝がつき、江戸時代を代表する 堂々とした建物で、大正10年に国の重要文化財に指定されました。
拝殿の左右には、2つの建物が付属し、向かって右に勅使殿、左に勤番所があります。(どちらも県指定文化財)
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巳の神杉(みのかみすぎ)
江戸時代には、「雨降杉」とあり、雨乞いの時に里の人々が集まり、この杉にお詣りをしました。いつの時代からか、杉の根本に、巳(み)さん(=蛇)が棲んでいるところから、「巳の神杉」と称せられるようになり、巳さんの好物とされる卵が、酒とともにお供えされています。
蛇は、古来より三輪の神の化身として意識されており、『日本書紀』の崇神天皇10年9月条に、「小蛇(こおろち)」と記され、『同紀』雄略天皇7年7月条には、三輪山に登って捉えて来たのが「大蛇(おろち)」であったと伝えています。いずれも、三輪の神がその原初的形態として、蛇神であると信じられていたことを示していると考えられます。
これは、古代の人たちが、三輪山は千古鉞(おの)を入れず鬱蒼たる森林として、何がひそんでいるかわからない不気味さを覚え、そのお山から流れ出る水により、種々の農作物を作り、日々の暮らしをたて、山に立ち昇る霧や雲に神意を感得して、山内に棲む蛇を直感したものであったのでしょう。
三輪の神の原初の形とされる蛇は、水神であり、雷神ともなり、農業神、五穀豊穣の神となり、やがては国の成立とともに、国家神的な神に至ったと考えることができます。 [#IMAGE|c0119036_22512580.jpg|201012/05/36/|mid|500|333#末社 ]神宝社
祭神:家都御子神・熊野夫須美神・御子速玉神
熊野三山に祀られる神で、通称、熊野権現。 
正月元日未明、繞道祭の十八社巡りにおいて、三ツ鳥居 から出た御神火が捧げられ、最初に祭典が営まれる神社。古くから三宝荒神の信仰もあり、また財宝の神として 広く崇敬されている。
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天皇社
祭神:御真木入日子印恵命(崇神天皇)
 御神徳第十代崇神天皇は、都を奈良率川宮より磯城瑞籬宮(金屋)に奠められ、我国の歴史上画期的な御事蹟を挙げられました。
 御敬神の念極めて厚く、天照皇大神をはじめ皇居より倭の笠縫邑(現在の檜原神社)に遷し祀られ、大田々根子命(若宮さん)を大物主大神の祭主とされるほか、天社・地社を定め、四道将軍を派遣せられ、教化を盛んにして、大いに皇基を伸張せられました。又、産業交通を興され、国民の福利を進めて大和朝廷の基礎を確立せられました。
 天皇の御盛徳を稱えまつり、御肇国天皇として万世に仰がれます聖天子であらせられます。
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三輪成願稲荷社
祭神:保食命、宇迦御魂神、大宮売命(稲荷大神)
配祀:市杵島姫命、息長足姫命
元は大神神社の神宮寺の一つ浄願寺(廃寺)の鎮守社
創祀は正応3年(1290)、現在は大神神社の末社
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摂社 神坐日向神社
祭神:櫛御方命 飯肩巣見命 建甕槌命
式内社・神坐日向神社の論社で、大神神社の境外摂社。
本来は三輪山山頂の神峯鎮座の高宮社が神坐日向神社であり、当社は高宮社であると考えられており、
明治維新後に、両社の名前が誤って入れ替わったとされている。
明治18年(1885)大神神社から内務省へ、、高宮神社(山上)と山下の當社とが誤つて入替っているから訂正したいと上申したが、翌19年1月保留を指令された。
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三輪山平等寺
かつては、大神神社の神宮寺であったが神仏分離により廃寺。昭和52年、三輪山平等寺として再興。

ここで、10人くらいのグループに会う。
知ったかびりのおばちゃんが「おおがみじんじゃ」、「おおがみじんじゃ」と連発していました。
ちょっとは下調べしてから来ようよ。
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摂社 活日神社
祭神:高橋活日命
崇神天皇の八年(二千余年前)大神の掌酒として奉祀せられた杜氏の祖神たる高橋活日命を祀り一夜酒の神とも称えます。
我国でも唯一の杜氏の祖神であります。
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摂社 磐座神社
祭神:少彦名大神
大物主大神と協力して、国土を開拓し、あらゆる生産方面の開発につとめ、医薬治病の方法をお定めになった。
人間生活の万般並びに福徳の守護神として御霊験あらたかな神様であらせられます。
俗に神農さんと称せられております。
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摂社 狹井坐大神荒御魂神社
祭神:大神荒魂神 大物主神 姫蹈鞴五十鈴姫命 勢夜陀多良姫命 事代主神

狭井坐大神荒魂神社
狭井神社(花鎮社とも云う)
主祭神 大神荒魂神
配祀神 大物主神
     姫蹈鞴五十鈴姫命
     勢夜陀多良比売命
     事代主神
御例祭 四月十日
鎮花祭 四月十八日
当神社は、今から約二千余年前、垂仁天皇の御世に創祀された名社で、古来鎮花祭の行われるを以って有名であります。この祭は春季花の飛散する陽気な頃には、種々な病気が流行するので、之を鎮める為に祀るところから起こったものであります。本殿横の井戸水を昔から薬水と称して、この井戸水を掬めば諸病が免がれると伝えられているのも、この御神徳の高大なる故であります。
のどかなる 春の祭の花しづめ 風をさまれと なほ祈るらし  新拾遺和歌
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薬井戸
狭井神社拝殿の左手にあり、ご神水がこんこんと湧き出ています。この霊泉は万病に効くと古くから伝えられており、遠近よりたくさんの方が受けに来られます。
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やけにここに来る人が多いと思ったら、神体山(三輪山)への登山口がありました。でも撮影禁止なので登りませんでした。
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市杵嶋姫神社
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山の辺の道
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八大竜王弁財天 龍神神社
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玄賓庵
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桓武・嵯峨天皇に厚い信任を得ながら、俗事を嫌い三輪山の麓に隠棲したという玄賓僧都の庵と伝えられる。世阿弥の作と伝える謡曲「三輪」の舞台として知られる。かつては山岳仏教の寺として三輪山の檜原谷にあったが、明治初年の神仏分離により現在地に移された。
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摂社 檜原神社
祭神:天照大御神
この地は、崇神天皇の御代、宮中よりはじめて、天照大御神を豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)に託されてお遷しになり、「磯城神籬(しきひもろぎ)」を立て、お祀りされた「倭笠縫邑(やまとかさぬいのむら)」であります。
大御神のご遷幸の後も、その御蹟を尊崇し、檜原神社として、引き続きお祀りし、「元伊勢」と今に伝えられています。
境内には、昭和61年11月5日、豊鍬入姫命を祀る豊鍬入姫宮が鎮斎されました。
万葉集等に「三輪の檜原」と数多く詠まれ、山の辺の道の歌枕ともなり、西につづく檜原台地は、大和国中を一望する絶好の地であります。
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三輪山
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さて、かえることにするか?
同じ道をひきかえすのもどうかなあと思い。まちなかを通ることにしました。
三輪そうめんの工場?が連なっていました。
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大直禰子神社(若宮社)
祭神 大直禰子命
配祀 少彦名命、活玉依姫命
例祭日 4月8日 10月23日
奈良時代には、神仏習合の姿をとり、大神神社の神宮寺、大神寺(おおみわでら)として栄えました。中世には、三輪流神道がこの地より広まり、各方面に多大の影響を与えました。
明治の神仏分離までは、大御輪寺の本堂として、若宮の大神様とともに本地仏十一面観音(国宝、現聖林寺奉安)が併祀されていました。
現社殿は、昭和62年より3年間に亘り解体修理が実施され、応永19年(1412)の姿に復元されたものであります。(重要文化財)
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久延彦神社
祭神 久延毘古命
例祭日 5月5日 9月1日 12月第1日曜日
ご祭神の久延毘古命は、大国主神が国造りの際、多くの神がご存じなかった、少彦名命(すくなひこなのみこと)の神名をお教えになられた神様であり、知恵は世に類なく優れておられ、『古事記』には「足はあるかねど天下の事を、尽(ことごと)に知れる神」と記されている神様であります。
特に受験合格・入学・進学・就職等の成就安全をおまもり下さる、知恵の神様として信仰されており、社頭にはそれぞれの願い事を書いた「願かけ絵馬」が数多く掛けられています。
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大和三山
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絵馬
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祈祷殿・儀式殿・参集殿
国の重要文化財となっています拝殿・三ツ鳥居の老朽化に伴う保存修理とそれにあわせて、境内諸施設の拡充整備を目的とした「平成の大造営」事業で、平成9年5月8日に竣功しました。正面に祈祷殿、左に儀式殿、右に参集殿と3つの建物が、三輪山を背に西向きに建ちます。使用されている木材は、大部分が台湾檜で、一番太いものは樹齢1500年の原木から用いられています。
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綱越神社
祭神 祓戸大神
例祭日 7月31日
大鳥居の南側、一の鳥居にすすむ参道入口となる三輪の馬場先に鎮座します。古く延喜式神名帳に記載され、すでに貞観元年(859)には、従五位下の神階を贈られている由緒ある古社であります。
往昔から夏越の大祓が、例祭として行われ、社名の綱越は、夏越からの転訛と考えられ、通称「御祓さん」と呼ばれ親しまれています。
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一の鳥居
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三輪山と大鳥居
おっと!鳥居がわからへんか?
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アップ
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さらにアップ
昭和59年10月13日の、昭和天皇ご親拝を記念、また御在位60年を奉祝して建立され、昭和61年5月28日に竣功しました。
高さ32、2メートル、柱間23メートルの偉容を誇る、日本一の大鳥居です。材質は耐候性鋼板であり、耐久年数1、300年と言われています。


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by von-braun | 2010-12-06 00:08 | 近畿
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